神咲淳也 -Junya-

北海道札幌を拠点に活動発信をしているミュージシャン【神咲淳也 -Junya-】の公式ホームページ

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ミュージシャン(Drummer/Vocalist) シンガーソングライター 音楽プロデューサー 作曲家 作詞家 楽曲提供

 

神咲淳也 -Junya- の経歴

学歴・職歴

ミュージシャン 神咲淳也

北海道で活動発信するミュージシャン『神咲淳也 -Junya-』

◆Music Profile◆
北海道を拠点に活動発信するミュージシャン『神咲淳也 -Junya-』(かんざき じゅんや)【Junya】Minerva Music Office所属 HR/HM系及びJ-POP系ミュージシャン
【本職】Drummer/Vocalist & マルチプレイヤー(Drum/Vocal/Guitar/Bass)
【その他】若手バンドのプロデュース/ドラム講師/作曲家/楽曲提供/雑誌・ラジオ・TV出演等
【師】Dr.樋口宗孝/.JohnBonham/TommyLee/Vo.VinceNeil/G.JohnSykes/HiroseSatoshi"JIMMY"/B.Nikki Sixx
【楽曲的影響】MotleyCrue/VanHalen
【音楽歴】37年
【ドラムスタイル】樋口宗孝氏とジョンボーナムのスタイルを継承 スネア~タム~フロア~バスドラを組み合わせた3.4.5.6連符を得意とし 樋口氏の代名詞でもある高速6連も多用 単にリズムを刻むだけではなく『魅せるドラム』にも重点を置く(『Show』としては樋口宗孝とTommyLeeの影響が多大である)
【ヴォーカルスタイル】VinceNeilの影響が1番大きいが 多くのハードロックヴォーカリストの影響を幅広く受けており 歌唱力より感情を優先する
【音楽】全て独学であり 全ての楽器は全て自分の耳で覚えた 楽譜は一切読めず 全てが魂で吸収し魂で奏でたものである
【来歴】
・1983年 故・樋口宗孝に憧れ12歳でドラムを始める
NWOBHMムーブメントからハードロック.ヘヴィーメタル(ジャパメタブームを含む)に魅了されミュージシャンへの道を決意
・1987年 高校進学 新設校につき署名活動で軽音楽部を立ち上げ 初代部長就任
・1987年 『MUDDY JOKER』結成 Drum担当
精力的にLIVE活動 札幌Visual系の先駆けとなる
・1989年 『THE PILLS』加入 Drum担当
『BAND EXPLOSION 89'』『ジュニア部門優勝』
・1991年 『ROSY』結成 Vocal 打ち込み 作詞 作曲 担当 
(自分の中で有り得なかったデジタル機材を大量投入)
初のデモテープ『CASUAL LADY DANCE』を発売するが ギタリスト YOU-GOの渡米が決定しており自分も渡米手続きを取るが 諸事情により断念 2人組ユニットの為解散
・1991年 ソロデモテープ『J's BEAT』発売
ジャケット写真は 海が好きな為 厚田の崩れかけの断崖絶壁にドラムセットを組み撮影 撮影はROSYの時同様Photographer平川氏
・1992年 Koukiと『JG&K』結成 Drum担当
スタジオスタッフと遊びで始めたバンドであるが1996年解散まで1番在籍歴の長いバンドとなる
・1994年 『DIALL』にドラマーとして参加決定するも方向性の違いにより即脱退
(実際は方向性は一致するも シングルバススタイルに対するツーバスの要求 またメタル界における例えば人見元基の嫌う体育会系のノリの嫌悪 及び諸事情により脱退したのが真相である)
・1996年 DIALLの1stアルバム発売に触発され 1995年に他界した父への追悼作でもある第2弾ソロマキシシングル『BETTER LATE THAN NEVER』発売 迫力と安定のある音圧を得るため敢えてYAMAHAから発売されたばかりの電子ドラムを使用
・以後 サポートで全国数々のバンドに参加
事務所・レーベル等の関係上 バンド名は公表出来ないが サポートドラマーとして初のメジャーデビューを果たす
・1997年 再び札幌に戻り 地元札幌を拠点に発信
・1997年 Junyaロックドラムクリニック/Junyaロックギター講座 開講
・1997年 某日… 起床と同時にハサミを手に取り衝動的に長髪を断髪
大胆なイメージチェンジをし次なる音楽構想を練る
・1998年 『Junya Rock Project -WIN-』立ち上げ
ソロアーティストとして再出発
セルフプロデュース Vocalメインで全楽器担当
マキシシングル『TARGET J』を含め計3枚Release
各TV FM放送局 特に『FM AIR'G』(鈴井貴之氏の番組等)で曲が紹介され FM北海道含むFM各局 及び事務所へ問い合わせの電話がパンク 
『WIN』はハードロックにJ-POP要素を組み合わせた楽曲だった為 本人的には不本意ながらメディアに札幌のB'zと称されたが 楽曲自体はWANDSやglobeの影響も多々見受けられる
テレビ出演 ラジオ出演等 過密スケジュールをこなす
メジャーレーベル 芸能プロダクション各社からオファーを受け 大手レーベルから再びメジャーデビューが決定するが……
・2000年 以前から予兆はあったが 重度のパニック障害(恐慌発作)により 音楽活動休止宣言
・音楽シーン第一線から姿を消す
以後 第一線を離れて病気療養をしながら 若手V系バンド等のプロデュース ドラム講師&修行 単発的に自主レーベルから『Junya』名義でシングル発売
ファンクラブ限定PV『SEVENTH HEAVEN』発売
・2014年5月に大病をし 一時危篤状態になるが 治療 手術の末 奇跡的に回復 2014年9月 4ヶ月の入院を経て退院 復帰
・2016年8月 失態により再び内臓にダメージを受け 短期入院
・2016年10月 音楽プロデュース ドラム講師 HR/HM/V系のサポート等 マイペースで復帰
・2017年11月 YouTubeチャンネル 配信開始
・2019年4月 再び飲酒失態により アルコール依存症に陥るが 入退院を繰り返し更正
・2019年11月 ツイキャス配信開始
・2020年2月 芸名を以前から告知していた『神咲淳也』とし 心機一転 ファンにも新たな名前を知らせず活動強化 ゼロからの再スタートを切る
・2020年8月1日 神咲淳也ベストアルバム『Black Star Ovlivion』発売

★ヴォーカリストとしては 刹那く歌いあげるバラード等 感情移入型の歌唱には定評がある
★1998以降の楽曲は HR/HMのみならずJ-POPやテクノポップからトランスまで幅広い

 

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